【その8】自分の中のもう一つの声

  僕がこんなに自由に動けたのには一つ大きな理由がありました。   当時の所属は大臣官房といって大臣のお膝元、会社で言うと経営企画室みたいな部署で、役所全体のコーディネートや他省庁との交渉窓口みたいな仕事を担当していました。   役所にはそれぞれの担当に「所掌事務」といって予め書面で定められた仕事があるのですが、特定の業界を相手にしたり法律の運用などを担当して仕事をしている訳ではなかったので、なにをやろうとも比較的自由だったのです。   また、当時は新聞に出るような不祥事の反動で、役所のあり方を改革しようという機運が高まっていたことも追い風となっていました。   しかし、元々は国家1種技術系採用の私、いわゆるキャリアと言われる存在です。   本来求められる仕事は、組織風土の改革ではなく現場との間で体を張って利害調整をする事、そして、ゆくゆくは立派に役所の幹部となっていくことが求められる立場でした。   ほどなく、現場を相手にする部署の課長補佐として異動が命ぜられました。   課長補佐は文字通り課長を補佐する仕事ですが、別名「班長(ハンチョウ)」とも言われ、一つの班を率いて業界と相対し、諸々の調整の最前線に立つ仕事です。   (課長補佐を班長(ハンチョウ)って呼ぶのは警察庁と僕の古巣ぐらいのようです^^;)   こういう状況になると、仕事も自分でいろいろ絵を描いていかねばならず、また、自然災害など突発事件への対応も必要で、コーチングの活動をしていくスペースがなくなっていきました。   一方で、コーチングで学んだ技法を使いながら奮闘した結果、全ての部下が年上という状況の中、仕事はそれなりに上手くさばく事が出来、周囲とも良い関係性が築けていました。   コーチングを学んだ成果は間違いなく仕事に現れていました。   そんな中ですが、これまでの活動を通じて人や組織に影響を与えていくコーチとしての自分の力不足を感じていた僕は、コーチングの研鑽を続けておりました。   ハードな仕事をしながらコーチングの勉強を続けている中で、学んで実践すればするほどコーチングの持つ力、言い換えると、コーチングによって引き出される人間が本来持つ力に僕は魅了されていきました。   コーチングをもっと深めたい、もっと多くの時間をコーチングに充てたい、もっと多くの人の本来持つ力が輝く瞬間が見たい。 仕事は楽しくとてもやりがいがありましたが、本当は人生の全ての時間をコーチングに充てたい。   そう願う僕の心にはもう一つ別の声がありました。   お前はコーチングを志すことで今の仕事、今後果たしていくべきお前の役割から逃げていないか?   お前が本来は足すべき役割は、そういうことではないだろう。   コーチングで仕事はうまく行き始めているのだろう。   本来の役割を果たしながら、組織に良い影響を与えていくことがみんなを幸せにする道じゃないのか?   コーチングを学び始めてから4年半経って今がありますが、こういった声とのせめぎ合いでした。   もちろん、本来の仕事は一生懸命やっていましたが、本当はコーチングに専念したい自分、そして心から湧いてくる「逃げていないか?」の声。そういう自分との対話が一番苦しいものでした。   技術系一種職員として採用された自分の本分を果たしていきながら、コーチングの活動も頑張り、まわりに良い影響を与えていくのか?   それとも、自分に期待された役割は投げ打って組織を飛び出しコーチングの世界でチャレンジするのか?   その狭間で思い悩んでいる中、自分のコーチングをさらに深めるために、僕は大人の男も涙を流すという噂のCTI応用コースに参加したのでした。   (その9へ続く)
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管理人:山田 亨 (Toru Yamada)

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米国CTI認定コーアクティブコーチ(CPCC)
The Leadership Circle プラクティショナー
NPO法人企業内コーチコミュニティ代表
TLCジャパンアソシエイツ
「まなゆい」ファシリテーター など

クライアントのロジックをたどりながら、そこに潜む発展を妨げる感情や思考のフレームを炙り出し、伸びやかな自己実現/リーダーシップの発揮を支援しています。

大阪府出身。元官僚。元アメフト部主将など

はじめての方は、まずはこちらをご参照ください。
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