「自分のためにやる事なんかまだまだ甘い」というお話

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おはようございます。 相撲好きの山田です。   月曜日の朝、読者の皆様に気合いを入れていただくために、 以前、アメブロに投稿して好評だったあのお話を転載します。   現役時代「琴風」の四股名で大関まで上り詰めた尾車親方、 現役大関の琴奨菊関のトレードマークである土俵際の「がぶり寄り」は師匠の尾車親方が元祖です(もっと昔は知りません)。   話が少しマニアックな方にそれましたが、 この尾車親方、相撲協会の巡業部長に就任をしたのですが、 そのわずか二ヶ月後の4月の巡業中に転倒して脊髄損傷、首から下が全く動かない四肢麻痺になっていた、   という話はご存知でしょうか?   そこから現役時代のような不屈の闘志で、杖をついて歩けるまで奇跡的に回復するのですが、その姿勢に私の背筋はピシッと伸びてしまうのでありました。 (以下、『月刊致知 2013年9月号』からの引用です。) —————-

一番怖いのは

怪我ではないし病気でもない。他人でもない。自分自身です。 ただ、私も人間ですから、最初から「やってやろう」なんて思っていないわけです。 凡人ですから、「終わったな」「無理だな」「もうダメだ」と思うこともあった。 そこで何かのために頑張るというものを常に持っている人でないとダメだと思います。  

今回私は弟子のために

稽古場に戻らなければならない、 もう一度家族に笑いを取り戻させたいと。 そして願わくば、お世話になった相撲界にご恩返しをするために、もう一度働きたいということが大きな目的でした。  

自分のためにやることは、しょせん甘いです。

自分は楽を選びたいもの。 嫌ですよ、苦しいこと、つらいことは。   稽古中もそうです。 親方に「ほら琴風(現役時代の四股名)四股(しこ)を200回踏め」と言われると、200回踏んだ後に、「おふくろのためにもう20回」「俺の出世を待っているおばあちゃんのためにもう20回」と、そうやって四股を踏んできたんですよ。  

それがプロの世界、競争の世界です。

だから弟子たちにも言うんです。 稽古が終わった後、礼儀として親方である私に「どうもごっつあんでした」と挨拶に来る。 その時、「ここまではおまえがやったんじゃないよ。親方が言うからやったんでしょ。ここまではやらされたんだ。ここからおまえが誰のために頑張るかだよ」と。   1日10回余計に四股を踏む。 1年で3650回です。 この3650回を大晦日1日で取り戻せませんよ。  

この少しの差が人との差になるんです。

でも、これは自分のためだったらやれていなかったと思います。 私はいま、56歳になってもう一度土俵に上がっているような心境です。 おかげさんでこの怪我は1日でも怠けると元に戻るというか、3日も寝ていたら歩けなくなる。 以前は弟子を育て、ある程度相撲界にご恩返しができた後は、女房とのんびり過ごしたいなと思っていましたが、こうなった以上、「一生休むな」と決められた人生なんだろうなと思っています。  

現役時代、サインを求められると

「稽古に泣いて土俵に笑う」と書いていました。 この怪我によって私も、弟子も、家族も、一度は笑いを失いました。 だけどもう一度心からの笑顔を、笑いを取り戻したい。 最後には絶対に笑ってやる。 「怪我に泣いて、最後に笑う」 今はそんな気持ちでいます。 ———————- (引用おわり) おふくろのため20回、おばあちゃんのためもう20回… 一日10回四股を多く踏むと一年で3,650回これは大晦日一日では取り返せません…   一日一日を大切に生きる人が最後は笑うんだと改めて感じ入り、 一瞬一瞬を改めて大切に生きようと誓うのでありました。
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管理人:山田 亨 (Toru Yamada)

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米国CTI認定コーアクティブコーチ(CPCC)
The Leadership Circle プラクティショナー
NPO法人企業内コーチコミュニティ代表
TLCジャパンアソシエイツ
「まなゆい」ファシリテーター など

クライアントのロジックをたどりながら、そこに潜む発展を妨げる感情や思考のフレームを炙り出し、伸びやかな自己実現/リーダーシップの発揮を支援しています。

大阪府出身。元官僚。元アメフト部主将など

はじめての方は、まずはこちらをご参照ください。
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