評論家である事と客観的である事の違いとは

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  こんばんは。 心の参謀、コーチの山田です。   さて、自分は客観的な人間だと思い込んでいました。   客観視するって鳥の目で上空から全体を俯瞰するようなイメージですよね。   でも最近、僕が思っていた「客観的である事」は じつは単なる評論家でしかなかったという事が分かりました。 あくまで僕の解釈の上での話ですが。   客観的である事と評論家である事の違いって何でしょう?   客観的である人というのは、 自分が第三者的に物事を見ていることを認識していて、 その上で自分の気持ちや感じ方を十分に味わいつつ、 「どうするか」という問を持ち続けている人。   第三者的でいながらも主体的で居るということを両立させている人。 こういう人は出て来る言葉に力が乗っています。   一方、評論家とはどんな人なんでしょうか。 第三者的に見て意見を言っているのですが、 自分が第三者的に見ていることを認識していない。   第三者的に物事を見ている事を認識していない故に 自分が主体的だと思っている人。   自分の気持ちや考え、行動を省みる事無く、 状況を説明する言葉だけが先行している人。 だから出て来る言葉が軽い。   どうでしょうか、この違い。   もちろん、僕自身もしょっちゅう評論家になります。 そして自分のコーチに喋るのを止めさせられます。 (しゃべるためにお金を払っているのに (> <) )   人間の頭脳はとても頭がよく、状況認識に優れているので、 人はいとも簡単に評論家になってしまいます。   その事に自分は全く気付きませんが、他人にはものすごく良く見えます。   人は他人の事の方がよく見えます。   そして、あなたは信頼を失っていきます。   もしあなたが直面している物事や自分の人生を 第三者的に、評論家的に見てしまっているならば、   その事をしっかりと認識しないと、 いつまでたっても状況は前に進みません。   そういう事もコーチとの対話で明らかになっていきます。   ではまた。
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管理人:山田 亨 (Toru Yamada)

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米国CTI認定コーアクティブコーチ(CPCC)
The Leadership Circle プラクティショナー
NPO法人企業内コーチコミュニティ代表
TLCジャパンアソシエイツ
「まなゆい」ファシリテーター など

クライアントのロジックをたどりながら、そこに潜む発展を妨げる感情や思考のフレームを炙り出し、伸びやかな自己実現/リーダーシップの発揮を支援しています。

大阪府出身。元官僚。元アメフト部主将など

はじめての方は、まずはこちらをご参照ください。
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